2007年11月12日(月)

緊急上程です。洋服記念日!

洋服記念日
 1872(明治5)年のこの日、「礼服には洋服を採用す」という太政官布告が出されました。
 これは、公家・武家、いわゆる裃(かみしも)や束帯(そくたい)などの和式の礼服を廃止し、洋服の使用を促進するというもの。
 全日本洋服共同組合連合会が1972(昭和47)年に制定。

わたくしは、常々純粋な仙台っ子、自分ほど仙台っ子と呼ぶに相応しい仙台人は居ないと豪語し、自分の言葉こそ仙台弁であると申してきています。

その根拠というかその原点は、仙台市霊屋下120番地御霊屋橋たもとに有った洋服屋「服匠十日会・梁川服装店」に有ります。ふうてんの寅さん風に言えば「わたくし生まれも育ちも仙台のお霊屋、東北大学下の広瀬川に戯れ...」と云う事になります。

ふと、今日の366日の旅に目をやると11/12は「洋服記念日」で有るとの文字が目に飛び込んできたので、掲載予定を急遽変更してお届けしています。

天下のコーヒーショップ「ホシヤマ」が京都の老舗「イノダコーヒー」仕込みなら、うちの親父は東京で修行を積んだ腕の良い洋服屋さんだったと云う事で、わたくし自身学生服時代からおやじが亡くなるまでずうっとオーダーメードで通してきた、いわば、お霊屋のおぼっちゃま風の服装で通してきたのでした。

おぼっちゃまでしたから、世間ずれしない子供時代を過ごしました。健康坂(鹿落坂)を登り毎日向山小学校に通いましたし、近所で缶蹴りやわまり野球、ビー玉やパッタ、めんこにいそしみ、冬ともなれば長靴スケート、竹割りスキーなどで遊びました。

懐かしいナー。こんな郷愁にひたって居るのは、南町の通産局庁舎に入局以来「親分」で親しんできた先輩が67歳の若さで亡くなり、昨日は町内会対抗卓球大会の後タクシーを飛ばしてお葬式に駆けつけてきたから、この先輩はわたくしと同じで地域の体育振興会そして卓球クラブに所属した人だったから、ジージーバーバーとのお孫さんの弔辞を聞いたからだと思います。長い間ご苦労様でした、そして奥様と共に天国からあたたかく遺族や我々を見守っていて下さい。

作成者やなけんさん

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